2017年3月19日

キャニオン躍進の裏で進む直販ブランド包囲網

先日前、スポーツバイクショップとして日本国内でも有数の実力店「なるしまフレンド」のブログ上に登場した内容に、一部の人間が鋭く反応した。

キャニオン社の自転車修理、持込自転車の修理等に関するご連絡
http://www.nalsimafrend.jp/news_topics/2017/03/post-111.html
株式会社なるしまフレンド

非常に柔らかな言い回しであるが、内容は実に衝撃的だ。

要約すれば、ロードバイクのメンテナンスは重要であり、そのサポート体制が不十分な直販ブランドは責任が持てないため取り扱いを断る。
という内容であるが、特定のブランド、つまり今回のキャニオンのように名指しで拒否されることは過去の事例からしても非常に珍しい。

これまで製品が粗悪で受け入れを敬遠されるという話は、他ブランドや他店のこととして聞いたことがあったが、キャニオンの自転車が品質的に不安視されたという話は一度も聞いたことがない。
それどころか近年のレース界での活躍で露出が増え、ユーザー目線ではコストパフォーマンスに優れたレース機材として高い評価を得ていることがネットの情報を見ても明らかだ。

そのキャニオンがなぜダメなのか?
もっと言ってしまえばなぜキャニオンだけがダメなのか?

サポート体制の整っていないバイクブランドなら他にもいくらでもありそうな気がするが、その矛盾を埋めるようにブログの最後のほうに、お客さまの自転車の状況や該当メーカーのサポート体制を判断うえ作業をお断りする場合がある
と補足されている。

しかしキャニオンだけが実名で狙い撃ちされる理由の説明としては不十分だ。
まさに「なるしまキャニオン事件」である。


キャニオンジャパンは従来の輸入代理店とどう違うのか?

先ほどの説明の中で「サポート体制が不十分」という言葉が登場しているが、そもそも販売店のいうサポートとは何を指すのかという疑問

一般的に日本での窓口があれば、それをサポート体制と呼べないこともないだろう。
しかし他のブランド名+ジャパンの名を関する日本法人と決定的に違うのは、そのサービスが販売店に向けられたものか、それとも購入したユーザーに直接向けられたものかという部分だ。

また従来の海外ブランドを取り扱っていた日本の会社というものは、その多くがディストリビューターと呼ばれる輸入卸売り業者であり、そのサポートは卸元(輸入元)と卸先(自転車店)との関係の中で成立するものであるため、ユーザーから見た窓口はあくまで自転車販売店だった。

今回のサポートという言葉だけを聞くと、普通の人には技術的な部分の話に聞こえてしまうだろうが、自転車店の言うサポートとは、万が一の際の責任の所在と保障についてである。

単純にメンテナンスサポートに限って言えば、小規模な輸入元が本国の担当者と必死にやりとりし翻訳したメールを口頭で販売店に説明するよりも、キャニオンのシステマティックな体制のほうが上である可能性は高い。

キャニオンは日本国内に商品在庫を持たない上、リペアパーツすら本国からの直送という徹底したシステムを構築している。
そのためか2014年のプレス記事によると「キャニオンジャパンは1名体制でサービスをスタートした」と、すき家もびっくりな「ワンオペ」を発表をしているが、さすがに人的リソースがアウトソーシングを含め拡充を図っているはずだ。

何よりその代表はトライアスロンや関西シクロで活躍したライダーでもある、元カワシマサプライの石山幸風氏ということで、その経歴から1名体制も納得できる。

カワシマサイクルサプライと聞いてもピンとくる人は少ないだろうが、以下の取り扱いブランドを見ればその規模がご理解いただけると思う。

他の輸入元の従業員の主な仕事内容が、自社の仕入れた在庫を売り切るために全国行脚の旅に出て諸国の自転車屋を訪問することに対して、直販体制のキャニオンジャパンはプロモーション活動をメインに展開することが当初から予想される。
両者が手を組むに至ったのはキャニオンの可能性と石山氏の手腕が高く評価されてのことだろう。

直販ブランドが販売店から敬遠される本当の理由

なるしまフレンドのブログ上にこの記事がアップされる前から、少しずつではあるが自転車店サイドから対応を嫌がる素振りが見て取れる。

当初の理由は安易に想像できるところで、日本に代理店がないためリペアパーツの調達や独自規格への対応が面倒だとか、そして価格が安価であるため、ユーザーが自店の商品と比較してそちらに流れるといった懸念があったのだろう。

これがキャニオンを拒否する理由なのであれば、ネットで安く流通するブランドや、自店で取り扱えない自転車、新興の中国メーカーがもっと非難されていなければおかしい。

では今回キャニオンが名指しで拒否された理由は何なのか、それは

数が増えすぎた

である。

現在のところ「直販ブランド=キャニオン」の構図なのでキャニオンだけが目立ってしまっているが、本来は直販ブランドの持ち込み拒否という趣旨で間違いはない。

直販ブランドの弊害はダイレクトに販売店から客を奪うところだ。
どんなにロードバイクブームだと言っても、裾野が広がっただけで中級~上級グレードを求める層はそこまで多くない。

限られた市場でパイを奪い合う。
奪い合っている相手は亡霊のように実態がない。

そして
キャニオンは安くて速くてカッコいい・・・
ライバルとしては強すぎるのだ。
しかも正々堂々とした勝負ではなく、メンテナンスなどの部分は既存の自転車店が提供するインフラに依存した典型的なネット直販。

よくユーザー側から、「整備工賃を上乗せして利益を出せばいい」
というご提案を目にするが、それでは直販ブランドに塩を送るようなものである。

語弊のある例えになりそうだが

ドイツから日本に飛んできた爆撃機に帰りの燃料を割り増し料金で給油しろ
を地で行く戦略に近い。

ミクロの視点で見れば一部で利益は出たかもしれないが、本土は焼け野原だ。

割り増しでもメンテナンスの面倒を見てくれるならキャニオンを買おうと思う人は多いだろう。

そしてもう一点
今回のケースで厄介視されているのがユーザーの質の問題だ。

本来の自転車屋のルールに従えば、自店で販売した自転車はメンテナンスや修理などのアフターはすべてお任せいただけるものだと思っている。
その中には無料もあれば有料もあり、基本的には自動車のディーラーで行われる車検のような形で、販売後も末永く利益に貢献していただき、店のサービスも拡充するというwin-winの関係であるはずだった。

近年ではその構図も少しずつ崩れてはいたが、大勢に影響を与えるほどでもなかったのだろう。
しかしキャニオンのような直販ブランドを買い求めるユーザーは大前提から違ったのだ。

世の商売人が好む客層が
「価格が高くても任せて安心が一番」
というのであれば、その対岸にいるのがキャニオンユーザーだろう。

決してすべてのユーザーが、という訳ではないので気を悪くしないで頂きたい。
安くなかったらキャニオンを選んでいない、という人がどのくらい存在しているのかという話である。

囲い込みが得意なアメリカ系直営ストアでほぼ定価で購入したユーザーと、自分で組み立てることを決意してネットで注文したキャニオンユーザーでは、お金の支払い感覚がまったく違うはずだ。


例えばこの2台
各メーカーのWEBサイトから切り抜いてきた画像だが、同じDURA-ACEの完成車で比較してもその価格は2倍以上の開きがあった。
もちろん、2台はまったく違うものでそう簡単に比較できるものではないが、このトレックユーザーとキャニオンユーザーが知り合いだったらどんな会話をするだろうか。

実はここが先ほど述べた『数が増えた』のカラクリではないかと考えている。
人は自分の気に入ったブランドを他人に薦める習性があるが、キャニオンは利点が多く仲間を増やしやすい。
キャニオンが売れれば売れるほど普及速度は加速するのだ。

そして安く買える喜びを一度覚えてしまうと、なんでも安くなるのではないかと思えてきてしまう。
ネットで海外通販サイトを開けば、お店の価格との差に最初は驚愕することだろう。
パーツの取り付け方も検索すればいくらでもヒットする時代になった。
親切な動画もある。
まるで組み立て家具のような感覚で作業が進んでしまう。

もし分からなくなっても自転車屋さんに行って見てもらえば大丈夫。
そんな感覚のユーザーが増えている気がしてならない。

悪貨は良貨を駆逐するということわざがあるように、直販ブランドの放置は既存ブランドを食い荒らすと同時に、ユーザーの自転車店離れを引き起こし、粗悪なコンディションの自転車が蔓延する原因にもなるだろう。

キャニオンを悪貨と表現するのはおかしなことではあるが、自転車を売って飯を食っている以上は見過ごすことができない存在なのは変わりない。

小さな個人店ならキャニオンの整備を擁護できるかもしれないが、業界トップの販売店だからこそ、今回のように警鐘を鳴らす必要があったとも考えられる。

そんな憶測も絡ませつつ『三・一七なるしまキャニオン事件』と名付けてみた。

ユーザー目線では見えにくい自転車界の構造

直販ブランドは自転車界の生態系を破壊する外来種である。

「なんだその話ならさっき聞いた」と言われそうであるが、まだ続きがある。
せっかくなのでなるしまフレンド神宮店のある渋谷区の特性から説明しようと思う。


まず渋谷区は人口密集率の割に自転車店が少ない。
これは東京の地価の高さと、自転車店の収益の低さによるもので、渋谷区に限らず、港区、中央区あたりは一般の自転車店の生息できないエリアとして認識されている。

生き残る術としてジャンル特化型店とチェーン店が多く、街のママチャリ屋さんはほぼ存在しない。
つまり修理主体の事業形態では店舗を維持できないということである。

数年前に他店購入自転車の防犯登録を行うか?と渋谷区の自転車店に対して電話調査を行ったことがあるが、その時の回答がそれを裏付けている。

Q:貴店では他店購入の防犯登録を受け付けるか?
A:以前は行っていたが現在は行っていない。
Q:自転車防犯登録所が登録を受け付けない理由は?
A:ネット購入の持ち込みが増えて本来の業務に支障があった。
  地域の警察とも協議したが解決に至らなかった。
  1件数百円の手数料で個人情報書類を何年間も保管するのは
  採算的にもスペース的にも不可能。

アンオフィシャルなのでどこのお店かは伏せる。
しかし防犯登録の手数料などなんの足しにもならないという言い回しは全国を見ても珍しい。
それだけ収益性の高い仕事に特化する必要があるということだろう。

多くの人が言う、メンテナンス費用を倍額もらって補填する案はここで詰んだカタチとなる。
もちろん小規模な個人店はその案でも大歓迎なのかもしれないが、大手は運営のために莫大な固定費を抱えているため、簡単に新車販売の牙城を崩されるわけにはいかないのだ。

大手販売店の固定費の中には、クラブチームやイベントの運営費用、他にもレースへの協賛金なども一部含まれていることもある。

全国的にも自転車販売店が主体となって開催される草レースやライドイベントがいくつもあるが、それがなぜ成り立つのかといえば、自転車店で自転車が売れるからだ。

そこにキャニオンユーザーが大挙して押し寄せた日には大会オーガナイザーは次回の開催意欲を失ってしまうかもしれない。
人気ブランドが移り変わるだけならそれを追従すればいいだけだが、相手が直販ブランドでは手も足も出せない。


そして自転車の売り上げが減って一番ダメージを受けるのがやはり完成車メーカーだろう。
自転車界の外から見れば自転車メーカーの数は山ほどあるように見えるが、日本にある販売元の会社はそう多くはない。

メーカーと言っても本当のメーカーはアンカーやパナソニック、ミヤタ、新しいところでヨネックスなどが国内に工場を持っているくらいで、残りの実態は輸入代理店なのだ。

従来は決まった代理店が状況に合わせたブランドを売っていたので、多少のトレンドの変化にも比較的柔軟に対応できていた。

例えば、コラテックからフォーカスに人気が移っても、取り扱い元は同じグローブライド株式会社なので、中から見ればそれほど困った事態にはならないし、また他のブランドに人気が出たら本国と代理店契約を結べばいい。

またひとつの自社ブランドしか扱いえない日本法人はその存在維持のために直営ストアを作ったり、自転車店に対し厳しいノルマを課して年間の販売台数を維持しているで、市況によって販売は左右されることはあっても、業界全体の収益はある程度予想されたものだった。


以前に「amazonが日本で法人税を払っていない」という話題が上がっていたことがあったが、直販のキャニオンも似たような存在だ。
本来は日本国内で回るはずだったお金は本国ドイツに吸い上げられる。
キャニオンジャパンの活動資金もそこから支払われるのだろうが、それは自転車販売店にはまったく還元されない。

だからこそ、自転車販売店がこれまで苦心して開拓してきた客や、メンテナンススキルにタダ乗りするようなキャニオンを彼らは許すことができないのだろう。

メーカーがどうなろうがそれは競争原理だという人もいると思う。
ただよく考えて欲しいのは、自転車に関するイベントなどを誰が運営しているかということだ。
例えばレース会場などでに貼られているメーカーロゴ入りのローステープ。
もちろん購入することもあるが、あれを協賛してくれているのはメーカーであり、その資金源を突き詰めれば自転車の売り上げということになる。
みんなから少しずつ集めたお金で楽しいイベントを行っているところに料金未納者が乱入したらどうなるか・・・

ユーザーへの直販はただ販売店を疲弊させるだけに留まらず、先人が築き上げてきた自転車文化の破壊に繋がる。

今回のなるしまフレンドのブログの一見は、単にキャニオンユーザーだけに発したメッセージではなく、今後直販ルートを模索であろうメーカーサイドを牽制する狙いもあったのかと勘ぐってしまう。

直販時代に生き残る方法

自転車に限らず、なんでも直接販売の時代になってきた。
キャニオンのWEBサイトを見て感じるのが、同じ直販方式のパソコンメーカーであるDELLやHPの注文ページに似た雰囲気だ。

わざわざ電気店にパソコンを買いに行くのは年配者だけかもしれない。
それでも量販店が主体なので、街の電気屋さんに業態の近い自転車販売店はさらに高いハードルが課せられる。

しかし自転車の良いところは、買って終わりの商品ではなく様々な提案が残されている点であり、まだ個人の自転車店が活躍できるフィールドは存在する。

それに、すべての会社が直販を始めることは絶対にありえないし直営ストアもそれほど発展するとも思えない。
とっくの昔に駆逐された他業種に比べれば、まだ考える時間はある。

店の規模によって、直販ブランドを拒否するか、受け入れるかは分かれるし、分けなければならないと思う。
ただし、周りに合わせて同じ行動をしているとお店は潰れてしまうかもしれない。
そんな緊張感のある時代がやってきたのだ。

※フィクションサイクルは架空の自転車店です
 今回は時事ネタのため実名店が登場していますが内容はすべて憶測に過ぎません

※眠いから後日校正予定

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